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世界最年少記録!南谷真鈴が語る、夢を現実にするマインド

2019.11.2
南谷真鈴インタビュー

20歳前後というと、みなさんは何をしていただろうか?

今回取材させていただいたのは、若干19歳でエベレスト登頂、20歳で世界最年少「探検家グランドスラム」を達成した南谷真鈴さん。登山家一家に育ったわけではなく、自らの足でスポンサーを探し、偉業を成し遂げたというエネルギー溢れる女性だ。彼女を突き動かしたものは一体何なのか。女性が大きな夢を実現する方法、強く幸せに生きるために大事なマインドを伺ってきました。

南谷真鈴

南谷真鈴

1996年神奈川県生まれ。早稲田大学在学。2015年10月にマナスルの登頂に成功し、日本人最年少の8000メートル峰登頂と女性世界最年少の同山登頂達成を皮切りに、2017年4月13日には北極点到達に成功。「探検家グランドスラム」(七大陸最高峰・北極点・南極点到達)を世界最年少の20歳112日で達成した。

「資金ゼロ」で夢を叶えた方法

common編集部

現在22歳で輝かしい功績を残されている南谷さんですが、エベレスト登頂を目指したのはなんと高校生のときだったそうですね。

南谷さん

当時17歳、高校3年生のときにエベレストへ挑戦するというプロジェクトを立ち上げました。そのときに初めてスポンサーを探して・・・

common編集部

え、スポンサーをご自身で探したんですか?高校生のときに?確かに、エベレストは登山料だけで100万円以上かかるそうですが。

南谷さん

はい。海外暮らしから日本に帰国して一人暮らしを始めたときだったのですが、高校の授業が終わったらPCと携帯を取り出して、とにかく山と関係性のありそうな企業に片っ端から連絡しましたね(笑) 一日に50社から100社くらい。

common編集部

ひゃ、100社!?

南谷さん

ほとんどの連絡は返ってこないんですけど、なかには振り向いてくれる企業があるんです。反応があれば、すぐに足を運んで「20歳までにエベレストに登ることができれば、日本人最年少記録になります」ということと熱意をアピールしましたね。

common編集部

その結果スポンサーが見つかって、ゆくゆくはミレーやユニクロも。

南谷さん

ええ。19歳でエベレスト登頂を実現し、さらにユニクロさんがスポンサーをしてくれることになってからは七大陸最高峰が目標になり、今度は南極点、さらに北極点に行きたいと進んでいったら史上最年少で「探検家グランドスラム」を達成していたんです(笑)。

気づいたら“夢のドミノ倒し”のようになっていました。

common編集部

まさに夢のドミノ倒し!「資金がないから」と夢を諦めていたら、今の南谷さんも最年少記録もなかったんですね・・・

南谷さん

「お金がないから」とか、「女性だから」という理由で辞めてしまうのはもったいない。資金がなくても、夢を応援してくれるスポンサーを見つければ叶います。

諦める理由を見つけるのは簡単ですが、本当にやってみたいなら方法を考えることが大切だと思いますね。

南谷さん

過去には「女性だから」という理由で、エベレスト登頂の夢を否定されたこともあるそう。

common編集部

その行動力はどうやって培われたんですか?

南谷さん

恐らく登山をしてきたからです。登山中は死を身近に感じることがあります。そうすると、今まで以上に後悔しないように毎日を過ごしたいと思うようになるんですよ。

でもそれは登山家だけじゃなくて、実はみんな同じ。人生は何があるか分からないから、常に悔いのない行動をした方が良いと思います。

common編集部

人生は一度きり。それは確かに、すべての人に共通して言えることですね。

南谷さん

だからやりたいことがあるなら、行動します。ただ何となく毎日を過ごしていたら、もったいないですから。

13歳でエベレスト登頂を意識した理由

common編集部

南谷さんは幼少期には、乗馬、バイオリンって・・・裕福な雰囲気がありますが、自らスポンサーを探したのはなぜなんですか?

南谷さん

父に「エベレストに登ろうと思っているんだけど」と伝えたら「いいと思う。でも、資金面では一切サポートしないからね」と言われたんです。父はこう言えば私が諦めるだろうと思っていたようで。

でも私は諦めませんでした(笑)

common編集部

エベレスト登頂に対する想いがもうすでに固まっていた。それはなぜですか?

南谷さん

私の場合、登山は「自分のルーツ探し」なんです。

common編集部

ルーツ探し?

南谷さん

私は出身こそ神奈川県川崎市ですが、両親の仕事の都合で1歳半でマレーシアに渡りました。その後も高校3年生になるまでの間、中国の大連、上海、香港などで暮らしていて、転校して文化や言語、環境が変わるたびに、私はどこの国の人なんだろうと思うようになって・・・。

common編集部

日本人でありながら日本人でない感覚があった。

南谷さん

そうです。山を登ろうと思ったのは、そんな自分のアイデンティティとか軸を探すためでした。

common編集部

そんな深いワケが・・・。登山との出会いは?

南谷さん

中学時代、友人に誘われて参加した青少年団体での活動が最初になります。コンクリートジャングルを離れて自然と触れ合って、一歩一歩山を登ることが私にとっては「瞑想」のようでした。心の中のこんがらがった糸のようなものが一本ずつほどけていくような感覚だったんですよね。

common編集部

自分探しを続ける中で、登山には何かしっくりくるものがあったと。

南谷さん

そんな感覚です。初めてエベレストを意識したのは、13、14歳くらいの時。ボランティアを兼ねてネパールの8000メートル峰、アンナプルナという山のベースキャンプまでトレッキングしたんです。

そこで、こんなに壮大で美しい山、世界で一番高い山に登ったら、どれだけ自分が成長できて、どれだけ素晴らしい景色がみられるんだろうって感じました。

common編集部

そんな幼いときから、エベレストを意識していたとは。

南谷さん

それで高校生のときに、このまま何となく大学を卒業しても“本当の意味で大人になれない”と思ったんです。そこで浮かんだのが、「エベレストに登ろう!」ということでした。

エベレストに登ることで、自分の心の中の壁というか・・・“見えない山”に登ろうとしていたんですよね。

common編集部

自分への挑戦みたいな部分もあったんですね。実際にエベレスト登頂を達成することで、アイデンティティを見つけることはできましたか?

南谷さん

人生の見え方が変わりましたね。「自分はこうだ!」という軸も、より一層濃くなりました。大きな目標を成し遂げると、人生は変わると思います。

Posted by kamoshita